愛はここにあるんだよ

五色の花束を君に。

中島健人くんが元彼の魔法を消してくれた話

突然ですが皆さんは、自分の愛する人

「殺される」と思ったことはありますか。

 

今日はですね、私のどうしようもない

元彼と中島健人さんの話をします。

この2人を並べるとかもう

ほんとけんとさんに申し訳ない…

でもあの日あの時あの瞬間にけんとくんが、

Sexy Zoneがいなかったら私は多分、

いまこのブログを

書いていなかったように思います。

 

事実をありのまま書いていくので、うわと思ったら早めに逃げてください。正直言ってこんな話するべきでないのはわかっていますが、でもなんとかして吐き出さないと気が狂いそうだったので書きます。

 

そもそものはじまりは、2年前の冬。

私がとある男の人とおかしな関係になったのが、

スタートだったように思います。

はっきりと、ありのまま、言葉を選ばずに言えば、その人と私は主従のような関係でした。その人の言葉は全て正しいと思っていたし、その人にこうべを垂れるのは当たり前だと信じていたんです。身体的なことを求められても、暴言をいくら吐かれても、「愛ゆえ」なのだと言われれば、その通りなのだと信じていました。

今考えるとかなり馬鹿だったと思います。でも私は、その人が好きで、その人のそばにいたくて、

必死でした。その人にはずーっと大切にしている可愛らしい女性が別にいて、私の方にその人の愛が向くことなんてないとはっきりとわかっていました。だからこそ、こちらを向いてくれるなら、主従でよいのだと、あの頃は信じていました。今振り返ると、2年前はあらゆる環境が変わって、何かひとつ縋れるものが欲しかったのかもしれません。

 

で、そんな不毛な関係を断ち切ってくれたのが、幸か不幸かある意味本日の主役というべき元彼くんでした。

 

元彼くん自体は高校の部活の先輩で、なんとなく時々近況報告をしあうような、そんな仲でした。去年の1月にぽろっと奇妙な関係を口にしてからというもの、彼は口癖のように「早く逃げろ」と言ってきました。でもまだその頃は私はおそらく魔法の中にいましたから、何を言っているんだろうかと思っていたのです。あんなに素敵な人を悪く言うな、と怒った日もあったと思います。春先に一度その「素敵な人」が私の親友(既婚者)にまで手を出していたことがわかって一度離れた後も、結局私は親友へのフォローもそこそこに、「素敵な人」のところへ戻っていました。今振り返るとそれが本当に間違いだったのですが、結局情があったのだと思います。

 

そんな状況がだらだらと続いたある秋の日、私はようやく目が覚めます。9月20日のことです。思い出すだけで吐き気がするしあの汚い声と手の中にいたと思うと言葉を選ばずに言えば死にたくなります。あまりにことがことなので書けませんが、このままだと殺されると思いました。そこで初めて、私とその人の関係の異常性に気付いたのです。

 

その日から1ヶ月以内に私はその人との連絡手段を全て断ち、引っ越しは難しかったので家の鍵を変え、他にもとにかくその人との面影を、記憶を、消す作業に没頭しました。あの期間私はずっと、自分の体が薄汚れたもので、いかにしてさっさと死ねるかということばかり考えていました。なんで2年前の大晦日に最推しとともにあの世に行かなかったんだろうと思っていた日もあります。なおのこと私にダメージを与えたのは、その人がずーっと大切にしていた彼女と結婚するという話が風の噂で聞こえてきたことでした。結局私はただの意志のない人形だったのだとまざまざと思い知らされたのです。結婚を機に彼はこの街を出たようで、それから先、私と彼は一度も巡り合っていません。出て行ってくれて本当によかったと思っています。

 

さて、元彼くんの話に戻りましょう。私が記憶を消す作業に没頭していた間も、彼は私と定期的に連絡を取り合っていました。我ながらあの期間はよくやったと思います。家族や友人達、仕事関係の仲間に何一つ疑われることなく、違和感のないように自分を演じていたのですから。家の中で泣き叫び、外に出るとけろっとしてる、そんな生活をしていました。もちろん、元彼くんにしか、不毛な関係の話はしていませんでした。

 

元彼くんがいわゆるわたしの彼氏くんになったのは、今年の春先のことです。終わりかたが終わりかたでしたから、何度かありがたい提案をもらえてもそう簡単にはいとは言えず、なんとなく曖昧な関係のまま時が経っていました。今振り返ると、そのままずっと曖昧な関係でよかったのになと切なくなります。

 

曖昧な関係から進んだことをわたしは本気で後悔しました。時々お付き合いした後の顔がまるで違うという話を聞きますが、彼はまさにそのタイプ。私の慕っていた先輩なんて、もうそこにはいなかった。

 

大変情け無い話なのですが、元彼くんも、例の素敵な人も、根本はほとんど同じだったのです。結局私は、それを見抜く力がなかった。結局また、主従のようなそれが始まったのです。「好き」の魔法をかけられた状況だと、また気付けぬままに。

 

最初のうちは、まあ愛ゆえだろうと流していました。多分、私も浮かれていたんだと思います。早く忘れたくて、幸せだと思いこんでいたんだと思います。だから、少し違和感を抱いても「まあこんなものだろう」と我慢していました。この時点で同じ過ちだと気付かなかった私は本当に阿保で愚かです。

 

 

そんな違和感をかかえたまま、

でもなんとなくそれから目を背けたまま、私は

けんとくんに出逢った海の日を迎えます。

 

https://blueunreality.hatenablog.jp/entry/2018/08/09/221431

 

その時も書きましたが、とにかく眩しかった。

けんとくんを綺麗だと思ったんです。心の底から。

ああ、なんて綺麗な人なんだろう。

なんて愛に溢れた人なんだろう。

 

…ん?愛?愛に溢れた、とは?

 

この、けんとくんに出逢ったあたりから、

私の中で「愛とはなんぞ」と

思いはじめたあたりから、

私の元彼くんに対しての魔法は

消えかけていきました。

 

あの日以降、私はすさまじいスピードでSexy Zoneにはまっていきました。とにかく追いかけるのが楽しかったからです。だって、いつ何時も愛に溢れているんだもの。どんなに元彼くんに理不尽を言われようと、どんなに仕事が辛かろうと、帰ってきてラジオを聴いて、土曜日にらじらーを聴いて、朝五人の曲を聴いて、ふとした時にwebをのぞいて連載を読んで、それだけで救われていました。

とにかく彼らはまぶしくて、希望だったのです。

 

元彼くんとの関係は、平行線のまま。

ただ時折力でねじ伏せられていたところもあり、

恐怖心だけは増えていました。

 

この夏、元彼くんに鉄拳制裁を与えられるたび、

私は君だけFOREVERを聴いていました。

 

「愛はここにあるんだよ
愛しか救えないんだよ
星さえ見えない夜も
月に凍える夜も」

 

私と彼の今の関係は、もはや月を凍らせるレベルで、そこに愛は存在しない。私と彼の関係に、愛などもうないことを確かめていたのかもしれません。二人でいるのにひとりぼっち、そんなのもう耐えられない。次に暴力を振るわれたら、別れる。そんな決意をしたのが、24時間テレビの1週間前のことでした。

 

 

そして24時間テレビで、私は改めて5人から愛というものを学びました。愛とは本来優しいものであること。愛は、暴力の理由にはならないこと。

さらに、私の決意をさらに固めさせてくれた言葉があります。

「愛される人はね、愛を返す人なのよ」

この愛が、優しい愛なのだとしたら。今私が愛という名の元に投げつけられている苦しいものと別物なのだとしたら。私は、優しい方の愛を返せる人になりたい。

 

彼と、別れよう。ちゃんと、自分の道を行こう。

 

そんな決意をして、9月を迎えました。

どうにもこうにも私は、この月が鬼門なようです。

 

9月の最初に会う約束があったので、私はそこで彼に別れを告げるべく、覚悟を決めて出かけました。

そこから先は正直あまり記憶がありません。

ただ、痛くて悲しくて辛くて、また「殺される」

とは思いました。別れ話を切り出す暇もなかった。

そもそも一人で乗り込んだのが間違いだったのかもしれません。

 

元々9月は長くおやすみをいただいていたので、私は逃げるようにして実家に帰り、彼との連絡を完全に絶ちました。家族に寄りかかり、古くからの友人達に甘え、エネルギーをたっぷり充電できた、よい休暇だったように思います。 

 

休暇を終え家に戻る時、正直とても怖かった。

合鍵を渡してはいませんが、場所は知っています。

事情は言えなかったけれど、適当な理由をつけて

母に付き添ってもらい、私は家に戻りました。

彼の姿がなくて、心底安心したのを覚えています。

 

それから私は、彼ときちんと話をすべく、

彼に電話をかけました。もう直接会う約束は

できないとあの時に感じたからです。

ひどい罵詈雑言の嵐、挙げ句の果てに聞いてもいないのに他の女の子にも手を出していたことを暴露してきて、なんで私はこんな人に惚れていたのかと後悔しました。でも同時にわかったのです。もうこの人に愛を向ける必要などないと。結局その日のうちに結論を無理やりだし関係は終わったものの、私はその後しばらく家から出るのが怖くなり仕事を休みました。彼の最後の捨て台詞が、「殺してやる」だったからです。最後の最後まで、本当に愛のない人。

 

家から出られなかった期間、私がお守りのようにして聴いていたのはSexy Zoneの楽曲達でした。布団に潜って、彼らの声を聴いて、それだけでよかった。

 

それからもうすぐ1ヶ月が経ちます。例の彼はどうやら今、別の女の子と幸せに暮らし始めたらしく、それがわかった日から私は仕事に戻りました。その子とはどうか、愛のある生活を送ってほしいと思います。今どこで何をしているかわからない素敵だと思っていた人も、どうか愛のある生活をしていてほしいと願っています。これ以上、あなたがたの愛で誰かを犠牲者にするべきではありません。

 

 

さて。こんな話を最後まで読んでくれた貴方に、心の底から感謝します。ありがとう。とにもかくにも、これでようやく私の2年分の記憶の扉を閉めることができます。

 

あの日、けんとくんを見て「綺麗だ」と思わなかったら。あの日、5人が24時間テレビをしていなかったら。私はきっと今も、愛という名の暴力を振るわれ続けていたはずです。そう思うと、本当に彼らは私の人生をいい方向に変えてくれたのだなと思います。

 

長々と重たい話を読んでくださりありがとうございました。次回からはまた通常運転の、ひたすらに好きという気持ちを叫ぶブログに戻りますのでお許しください。それでは、貴方が優しい生活を送れますように。